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〜過去生に出会う旅〜
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インドに初めて行ったのが、今から約12年前・・・。
インドが自分の過去生と深く関わっているという事を初めてのインドで感じました・・・。
それから約3年間は、半年インド・半年日本というようにインドを一人で放浪していました・・・。
インドから戻ると、またインドに行きたくなる・・・とても不思議な感覚・・・。
生まれも育ちも日本なのに、インドは第二のふるさとだと感じる自分が常にいました。
大好きな場所は、北インド・ヒマラヤのガンジス河上流地域・・・ハリドワール・リシュケシュ・
そしてガロワール地方。
(ガロワール地方は、北インドとチベット側に広がる山岳地帯で美しいヒマラヤ山脈が見える所・・・。)
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ハリドワールとは、神の門という意味。
ここから先が正に修行者には大事な場所になっていきます。
ガンジス河沿いに聖地が続く・・・。
その先リシュケシュは、リシ・修行者を意味する場所。。
昔からハリドワールは巡礼者の町・リシュケシュは修行者の町ということなのでしょう。
更にその先ヒマラヤにはヒンドゥ教4大聖地があります。
ヤムナー河の源流・ヤムノートリ・・・。
ガンジス河の源流・ガンゴートリ・・・。
ビシュヌ神の聖地・バドリナート・・・。
シバ神の聖地・ケダルナートである・・・。
このうち10年近く前に訪れたバドリナートでの体験は今でも鮮明に思い出される程強烈なものでした。
その頃私はヨーガの王様と呼ばれるラージャヨーガ(瞑想のヨーガ)を日本で深く学んでいました。
毎朝3時半に起き、瞑想を一時間程し、その後ラージャヨーガのセンターに行き瞑想の勉強をする。
少なくとも一日暇な時間があれば瞑想に明け暮れていたほど、瞑想にはまっていた時期でした。
この時期私は普通に朝から夜まで仕事をしながら、そういう生活を約半年間集中的にしていました。
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その間瞑想時に毎日見る風景がありました。。
何かを感じたり見ようとする事を目的に瞑想をするわけではないので
いつもいつも見る風景には、とても大きなメッセージがある事を感じていました・・・。
それは山の中にある道・・・。
そこの場所には見覚えがなく、ただインドであるということだけはわかっていました。
そこに自分がこれから行かなければならないということもわかっていました。
バドリナートに発つ日が来ました。
その頃・・私はリシュケシュのヨーガアシュラムで瞑想の修行をしながら
その出発の時期を待っていました・・・。
丁度8月は雨季の為バドリナートに行く道が崖崩れ等で通行止めになっていたので
それが解除される事を日々待っていました。
そして、8月末いよいよバドリナート行きのバスが出るというので、早速バスを予約しました。
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8月末とはいえ、標高3000m近いところまで行くので、朝晩はとても冷えるとの事・・・
寝袋は持っているけれど、防寒着までは持っていませんでした。
そんな事を思いながら歩いていたら、いつも行く小さなお寺に行ってバジャンに参加していると
一人のインド人男性に声を掛けられました。
そして、彼は自分の話を淡々とし始めたのでした。
彼は、デリーにある某大病院に勤務している看護師だと言いました。
身分証明書も見せてくれたので本当だと思います。
彼は、リシュケシュのアシュラムに1ヶ月の予定で滞在予定だと話してくれました。
彼の容姿で不自然な感じがするとしたら、全く髪の毛がない頭・・・。
私がチラッと見てしまったら、彼は、苦しそうな顔をして話し始めました。
結婚を約束していた女性がいたのですが、家の事情で、彼女は別の人と結婚する事になってしまい
そのショックで髪の毛がどんどん抜けてしまい、丸坊主になってしまったのだと言っていました。
それ以後、全く髪の毛を生えてこないので、その治療の為にここに来ている・・と彼は話してくれました。
全ての髪の毛が抜けてしまったのだから、よほどのショックだったのだと思います。
髪の毛があった時の写真を見せてもらいましたが、全く別人です。
目は生き生きと輝き、表情もはつらつとし、若い男性なんだな・・と、思いました。
目の前にいる男性がこの写真の人と同じだとは思えなかったからです。
精神的なショックというのは、ここまで人の形相を変えてしまうのだと思いました。
インドでは、通常家族が決めた結婚相手と結婚する事が一般的です。
それは、古くからあるカースト制度によるものだと思いますが、別のカースト同士の相手とは
恋愛結婚以外、家族が決めた結婚ではほとんどありえないからです。
最近、大都市では恋愛結婚のケースも多くなりましたが、カースト外で結婚した場合、
結婚後家族が心から賛成しているかというと、そうでない場合も多くあるので、
家族同士の集まりなどでは、下のカーストの人は肩身の狭い思いをする事も多くあるようです。
彼に、数日後からバドリナートに行くという事を話してみると、自分の分まで旅を楽しんできて欲しいと言われました。
そして、バドリナートは、思った以上に寒いから、これを持っていって下さい・・・と、
フリースで出来ているパーカーを渡してくれました。
さっき会ったばかりの私に、なんでこんなに親切にしてくれるんだろう?とも思いましたが
帰ってきたら、必ず返します・・といって、好意に甘える事にしました。
数日後・・・修行していたアシュラムの前から早朝3時半、バドリナートへ向かう為バスを待っていました。
まだ夜中のような暗い中で歩いてくる一人のスワミジ・・・朝のお務めのためにやってきたのだとわかりました。
そしてスワミジは私は、私と見ると、バドリナートに行くのですか?と声を掛けてくれました。
そうです・・と答えると、一つのマントラを与えてくれました・・・。
そのマントラはビシュヌ神のマントラで、何かがあったときはそのマントラを唱えるようにと
お守り代わりとして唱えなさい・・・と、与えて頂きました・・・。
まだ外は暗く、夜と朝の境目といった時間帯・・・。
遠くからバスのライトが見え、目の前にバスが止まり、スワミジに見送られながら
バドリナートへと出発したのでした。
バスの内部は、思った以上にシンプルな作りで、鉄板がそのままの状態のベンチ式の座席・・・。
神様を賛美する音楽をガンガンと鳴らし、神様の絵が飾られ、旅の安全を祈るお祈りの際に使ったと見られる
お香が運転手の横に置かれていました。
バスは、ひどく揺れ、また、クッションもないむき出しのシートで、約18時間・・・。
途中休憩で時々止まるのですが、降りる気もなく、結局バスの窓越しからバナナの房を買い
それと水で空腹をしのぎました。とはいえ、気持ちが高鳴っていたので、それで満足できたのだと思います。
長時間の山道を走るバスの旅では、軽食程度のものの方が体には優しいく安心・・・。
途中、がけ崩れで道が前方から消えていて、バスを乗り換えなければならない・・という出来事に遭遇しました。
一度乗ってきたバスを降りて、乗客全員、見える山の向こう側で待機しているバスに乗り換える必要があるとの事・・・。
途中途中で乗ってきた乗客で、バスはほぼ満員に近い状況・・・。
外は、小雨が降る状況・・・乗客の人たちは、次次にバスを折り、皆山を越える為に荷物を降ろし
男達は、重たい荷物を頭に乗せたり、肩に乗せたりしながら、山を登り始めました。
女達も、サリーの裾が絡まないようによっこらよっこらと、慣れた足取りで山を登り始めました。
私はというと・・・サンダル履きで、しかも15キロ近い荷物を背負っているので、雨でどろどろになっている
土に足を取られないように山を登るのは、大変なことでした。
15キロの荷物があるために、上に上がろうとしても上がらない・・・
上がったと思ったら、滑り落ちて、服が切れたり泥まみれになったりしながら・・
なんとか、バスにたどり着いた時には、みんなまだかまだかといった顔をしながら、席についていました。
さあ!いよいよ出発です!
出発する頃には、雨も止み・・・バドリナートが近くなるにつれ、乗客の皆は
声を揃えて、ビシュヌ神に対する賛美の歌を歌い始めるのでした。
簡単な調子のその歌を覚えるのには、そう時間が掛からずに、私もその合唱に混じって歌いました。
なんて、気持ちのいい時間なんだろう・・・・と思いながら、少しずつ聖地に向かっていきました。、
やっとたどり着いたバドリナートは、正に「聖地」といった感じ・・・。
すがすがしい空気に包まれた、穏やかなヒマラヤの小さな町・・・。
派手なものは一切なく・・・そこには純粋に修行している行者が沢山いて・・・神聖な空気に包まれていました。
食事にしても、純粋な菜食で、卵も食べることはできないので、お店屋さんでも買うことはできません。
人々の意識が、この場所を守っているんだな・・・・という気が伝わってきました。
この町には、いくつかの宿があり、私は政府経営の宿に部屋をとることにしました・・・。
どこの宿も、シンプルな作りで、旅行者用というよりは、巡礼者用といった感じの宿がほとんど・・・。
シャワーも、水シャワーしかなく、お湯が必要な時にはバケツでもらうしかないのですが
ここには、お寺の隣に温泉が湧き出ていて、そこにみんな浸かりにいくんですね。
なので、お湯シャワーが必要ないんだな・・・というのが理解できました。
全体的に、どこの宿を見ても、とても質素なので、とても好感を持てたりもしました。
翌日から、私の唯一の楽しみはそこに朝早く浸かりに行くことになりました。
朝4時に起き、瞑想をし、その後、お参りをしに行き、帰りに温泉に入るので、まさに朝風呂ですね。
温泉の中には誰かがお布施のためにお金を投げたと思えるほど、たくさんのコインが沈んでいる為に、
温泉のなかにいると、足に沢山のコインが当たるのです・・・。
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朝5時・・・まだ夜が明けない頃・・・お寺にお参りに行くために歩いていたら
一人のインド人男性に声をかけられました。
男性は、毛布を頭から被り、彼の様相は、まさに修行者・・・。
霧の立ち込める中・・・出会いました・・・。
彼は、私を見た瞬間、驚き、、そして目を潤ませながらつぶやくように、話し始めました。
約2週間前に私を夢に見たと言いました・・・。
その男性はヒマラヤを主に撮る写真家で、新聞や雑誌、機内誌などにも写真を提供しているらしく
ヒマラヤの聖地を長年歩いている山のガイドでもあると言いました・・・。
そして、彼は、まさに私のガイドでもあったのです・・・。
彼は、2週間前に見た私の夢について話、私も待っていたといいました。
そして、彼は、私にどうしても伝えなければならない場所がある・・・と言い
彼は私に行かなければならない場所を教えてくれた。
しかし、地図も土地勘もない私にとって、不安がなかったわけではありません。
しかし彼は言いました・・・、貴方にとって必要な場所だから、なんの心配もない・・・と・・・・。
それからの2週間というもの地図もない場所を、ただただ毎晩見る夢により知り
その夢に導かれるようにして旅がスタートし、そして、無事旅を終えることができました。
そして、まるで夢の中の出来事のように、全てがスムーズに運ばれていくのでした。
路線バスがないところがほとんどで、その地方の人は移動に乗り合いジープを使うのですが、
自然とそのジープもやってきましたし、宿ももちろんありませんから
民家に泊めてもらうのですが、どこでもとても歓迎してくれて、ほんの少しのお礼で泊めてもらうことができました。
その地方は、電気もガスも水道もありませんから、ランプと火を焚く生活です。
水は、朝一日分の水を、家の人が共同の井戸に行って汲むのですが、
近くにあるのではなく、歩いて10分程の場所にいって汲むので、重たくて大変な仕事です。
トイレももちろんありませんから、草むらで用を足します。
その2週間の旅は、そのようにして過ぎていきましたが、自分が過去生で何をし、
そして今生で何をしなければならないのかを知るという、とても意味の深い旅でした・・・。
知るというよりも、行く場所行く場所・・初めて行ったとは思えない程、その場所を知っている自分がいました・・・。
ある場所に行った時には、あまりの懐かしさに・・涙が止まらないほど流れてきました・・・。
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今その場所をまた旅したいと思ってもきっと出来ないだろうと思います・・・。
まさに何かに導かれた旅だったんだな・・・・・と、今思い出しても不思議な感覚でした。
最後にリシュケシュまで無事戻って来れたのも、このスワミジが与えてくれたビシュヌのマントラによるものでした・・・。
最後の巡礼の場所は、シャンカラチャリアやシルディサイババなど
数々の聖人達が瞑想をしていたと言われる洞窟でした。
そこを訪れた前夜・・・青白い不思議なオーラを放つ月を眺めながら・・・
この洞窟の事を思っていました。
その晩・・・・また導きの夢を見ました。
夢の中では、すでに洞窟への巡礼が終わり、道でリシュケシュに戻る為に、車を待っていました。
すると、一台の白いジープが止まり、男性が乗っていました。
そして、その車に乗り、マントラを唱えている私がいます。
車は突然小さいお寺の前に止まりました。
鈴が沢山あるお寺で、二つの尖った屋根の部分が見えます。
そして、お腹に巻いていたポーチのなかを見ると、パスポートが消えている・・という夢でした。
朝、目が覚め、洞窟に行く準備をし、無事洞窟の巡礼を終えた私は、なぜだか、無性にリシュケシュに戻りたくなったのです。
しかし・・・・自分が今一体何処にいるのかもわからないのだから、どうやって帰ろう・・・?
と、途方に暮れていたその時・・・一台の白いジープが目の前に止まりました。
正に夢で見た光景でした・・・。
中には、男性が二人乗っていて、「どこまで行くんですか?」と声を掛けてきてくれました。
運転しているのは、若い男性、助手席に乗っているのは、中年の男性・・・。
どちらも、人のよさそうな感じでしたが、見た目だけではわかりません。
しかも、どこの誰だかわからない自分を車に乗せようというし・・・
一瞬色々な考えが頭に浮かびましたが、前の晩、夢で見たのがこの車であれば、
間違いがない・・・という確信もどこかにありました。
そして、私はリシュケシュまで行きたいのだけれど・・と話をしたら、
その車の主は私を乗せるのが当たり前のように、リシュケシュの途中まで連れて行ってくれると言いました。
私は彼らを信用することにし、お礼を言い、車に乗りました。
その車は、山道に強い大き目のジープで、TATA社のSUMOという車です。
私はゆったりと後部座席に座り瞑想を始めました・・・。
心のどこかにある不安な気持ちを排除する為にも・・そして無事この車が無事目的地に着けるように・・・と
ビシュヌ神のマントラを唱え始めました。
日本の道のあちこちにお地蔵さんがあるように、インドでも、道のあちこちに神様が祀られています。
彼らは、その神様が祀られている小さな祠の前を通る度に、手を合わせ短いマントラを唱えていました。
そして、私を乗せた後、1時間半ほどで、途中のチャイ屋に寄りましたが
そこでも、チャイを勧めてくれたりしました。
そして、約3時間程過ぎた後・・・車は、突然お寺の前に止まったのでした。
そうです・・・・夢で見たお寺と全く同じお寺です・・・。
白くて小さいヒンドゥ教のお寺が二つ並んでいるのが見える・・・。
夢と同じ光景・・・。
入口には、沢山の鈴が上から飾られていて、山の中の・・・しかもとても小さいお寺なのに趣があり・・・
なぜだかわかりませんが、涙が後から後から出て気ました。
彼らが、どうしてそこで止まったのか?という事も不思議でしたが、
彼らには、なぜ?私が泣いているのか・・を伝える必要があると思い、バドリナートで出会った人の話・・・
そして、その後の旅の話し・・・そして、昨日の夢の話をしました。
彼らは目を丸くして話を聞いていましたが、まさにそれは必要だったから与えられた旅だったのだと・・
彼らは、言っていました。
彼らは、今回の旅の意味・・・そして、自分達が通りかかったのも、やはり偶然ではなかたっと言っていました。
彼らは、とても信仰心の強い人たちで、神様の存在と共に生きている人たちなので、私の話をよく理解してくれました。
彼らは、ここを通るたびに、このお寺をお参りするのだと言っていました。
全ては、必然だったのだな・・・と、深い思いに包まれながら、私達はお参りをし、お寺を後にしたのでした。
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その後しばらく走った後・・・その車は私が日本で6ヶ月間瞑想の中で見ていた夢の場所が目の前に現れたのでした。
止まってくれるようにお願し、その道の先にある小さなお寺を見て歩きました。
受け取るべきメッセージは、この巡礼の事を指していたのだとその時改めて理解する事ができました・・・。
私は彼らの存在に強く感謝し、そして、バドリナートで導きを与えてくれた写真家の方にも感謝し・・・
そして、出発の際に、マントラを与えてくれたスワミジにも感謝の思いを感じていました。
車に乗った際に、ふと、フロントガラスを見てみると・・・そこには、OM NAMO NARAYANA と書いてあったのです。
まさに、スワミジが与えてくれた、ビシュヌ神のマントラがあるではないですか・・・
すべてのつじつまが合った瞬間でした・・・。
この旅の全てがビシュヌ神によって導かれたものだということを
その時強く認識し・・涙がとめどなく流れたのを昨日の事のように覚えています・・・。
そして、5年前の夏・・・リシュケシュを訪れた時、私のガイドであったあの写真家に再会。
彼に旅の報告をすることができました・・・。
この神秘体験は私にとってとても大事にしている事の一つです・・・。
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